福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)335号 判決 1973年9月26日
控訴人
福利株式会社
右代表者
松倉末雄
右訴訟代理人
岩本憲二
被控訴人
金川木材株式会社
右代表者清算人
戸川熊夫
右訴訟代理人
湯川久子
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。
一 控訴代理人は、次のように付加して陳述した。
控訴人は、昭和四三年七月八日、訴外中島木材工業株式会社より、同訴外会社が訴外株式会社丸信木材所有の原判決添付第二目録記載の不動産につき設定を受けていた、債権元本極度額金八〇〇万円の根抵当権(以下、単に本件根抵当権という。)のうち、同根抵当権によつて担保された、中島木材がその当時丸信木材に対し有していた売掛金債権額(その金額は、後記のとおり。)を控除して残額の部分についての譲渡を受け、さらに、同年九月一〇日、中島木材より、同訴外会社が丸信木材に対し有する右売掛金債権金四四二万〇、九二四円の譲渡を受けるとともに、本件根抵当権のうちすでに譲渡を受けた右部分を除くその余の部分の譲渡をも受け、同月一九日、後者の権利変動を登記原因として、本件根抵当権移転の付記登記を経由し、中島木材と丸信木材との間における、該根抵当権設定の基本契約を承継した。しかして、債務者たる丸信木材は、本件根抵当権の処分当事者である中島木材及び控訴人に対し、前者の一部譲渡については、その譲渡に先立つ同年七月八日に確定日付ある書面によつて同意の意思表示をなし、かつ、後者のそれについてもまた、その際同時になされた右債権譲渡についての承諾の意思表示とあわせて、口頭をもつて同意の意思表示をなした。しかるに、控訴人は、丸信木材に対し、右根抵当権を譲受ける以前において、すでに主張したとおりの手形債権(原判決四枚目表末行目から同五枚目表七行目まで。以下、単に本件手形債権という。)を有していたが、中島木材より譲受けた本件根抵当権の設定契約においては、本件根抵当権は債務者たる丸信木材との手形取引及び木材取引によつて生じた債務を担保すべきものと定められていたのであるから、控訴人の有していた右手形債権もまた、本件根抵当権によつて担保さるべきものであり、従つて、該根抵当権の後順位の根抵当権を有するにすぎない被控訴人より優先して弁済を受け得べきことは、当然の事理である。
二、被控訴代理人は、次のように付加して陳述した。
(一) 控訴人が松村より取得した本件手形債権のごときは、本件根抵当権によつて担保さるべき対象の範囲に含まれるものではない。すなわち、元来、根抵当権によつて担保される被担保債権の範囲は、根抵当権者と設定者の合意による具体的な根抵当権設定契約によつて定まるものであり、そのことは、根抵当権の譲渡が行われた場合にあつても、同じである。しかるに、中島木材と丸信木材との間に締結された根抵当権設定契約においては、「本契約より将来発生すべき手形取引及び木材取引の債務に関して」と定められているところ、ここに基本契約たるべき手形取引とは、中島木材と丸信木材との間の直接の取引に関して行われるそれを指称し、第三者を経由して取得する、いわゆる廻わり手形の場合を包含するものではない、と解するのが相当である。けだし、根抵当権設定契約は、根抵当権者と債務者との間でなされる直接の取引関係を眼中において締結せられるものであるから、手形取引契約が基本契約とされている場合であつても、特約によつて明示されていないかぎり、根抵当権者と債務者の直接の取引によつて生ずる手形上の権利関係のみを担保することが予定されていたもの、とみるのが相当であるところ、本件においては、かような明示された特約は格別存しないからである。
(二) また、控訴人は、丸信木材が倒産した昭和四三年三月一七日当時においては、いまだ本件手形債権を取得するに至つていなかつたのであつて、控訴人が訴外松付哲男より同手形の裏書譲渡を受けたのは、該手形の各期限後である同年七月八日に至つてからにほかならないところ、元来、根抵当権が担保すべき被担保債権のうちには、右手形債権のごとき、債務者の資産状態が悪化して支払停止の状態に陥つたのちにおける債権は含まれないものと解すべきである。けだし、かかる債権までもが被担保債権の範囲に含まれるものとすれば、極度額よりも下廻わる債権を有するにとどまる根抵当権者は、右極度額を利用して、無価値にひとしい一般債権を廉価に買い集め、不当な利益を挙げて、後順位担保権者や一般債権者を害するに至るおそれがあるからである。
そして、同様の理由で、丸信木材が支払停止の状態に陥つたのちにおける本件根抵当権の譲渡によつて、控訴人が松村から裏書譲渡を受けた本件手形債権が担保されるという結果を容認するのは、信義則に反する。何故なら、債務者の倒産によつて実質的には無価値に帰した一般債権を有する債権者が、極度額が被担保債権を上廻わる根抵当権を第三者より譲受けることによつて、倒産後において担保権を取得するのとひとしい結果となり、根抵当権者が債務者の倒産後に一般債権の譲渡を受ける場合と同様、後順位担保権者や他の一般債権者を害することとなるからである。
<証拠関係省略>
理由
一当事者間に争いのない事実は、原判決理由中六枚目表五行目から同枚目裏五行目までに示すとおりであり、また、控訴人が松村より本件手形債権を譲受けた経緯、控訴人が丸信木材及び中島木材との三者間の合意によつて本件根抵当権を譲受け、同根抵当権の基本契約を承継するに至つた経過、並びに、控訴人が本件不動産競売手続で配当要求をなした状況に関しての事実認定は、次に付加するほか、原判決理由中六枚目裏五行目から同七枚目表一〇行目までに示すとおりであるから、ここに、叙上原判決理由中の説示を引用する。
なお、被控訴人は、控訴人は丸信木材が倒産した昭和四三年三月一七日当時においてはいまだ本件手形債権を取得していなかつた旨主張反ぱくしているところ、<証拠略>によれば、丸信木材の帳簿(右甲第一号証)上本件手形債権は松村を債権者として記載されていることが明らかであり、また、<証拠略>によれば、控訴人は、昭和四三年七月八日に至つて、松村より本件手形債権を譲受ける趣旨の文面を含む書面(右乙第四号証)を作成していることが明瞭であるけれども、他面、<証拠略>中裏書部分及び支払拒絶の付箋部分(後者は、訴外株式会社西日本相互銀行の作成にかかるものである。)の各作成年月日と比照し、かつ、右甲第一号証は本件手形の振出人たる丸信木材の商業帳簿たるにすぎず(従つて、同手形の権利移転を如実に反映するものではない。)また、右乙第四号証の本来の趣旨とするところは後記認定のごときものであることにかんがみれば、右甲第一号証及び乙第四号証をもつてしては、いまだ、当裁判所の前叙心証を覆えすに足らない。
次に、<証拠略>によると、控訴人は、中島木材より本件根抵当権を譲受けるについては、該譲受に先立つ昭和四三年七月八日、本件根抵当権の設定者たる丸信木材より、あらかじめ、中島木材及び控訴人にあてた、本件根抵当権のうち中島木材が丸信木材に対し有する債権現在高を除くその余の部分の譲渡に同意する旨の書面(<証拠略>中には、松村より控訴人に対する本件手形債権譲渡に関する記載もあるが、その本来の趣旨は、叙上にあるものと認められる。)を徴したが、右根抵当権の一部譲渡は結局行われず、同年九月一〇日に至つて、中島木材より、同訴外会社の有する右被担保債権とともに、本件根抵当権全部の譲渡が行われたが、右根抵当権及び被担保債権の譲渡は、右書面による丸信木材の同意を基礎としてなされたものであること、そして、右根抵当権譲渡及び被担保債権の譲渡は、本件根抵当権設定者兼債務者の立場にある丸信木材に通知されたが、同訴外会社においては、本件根抵当権が当初の約旨に反して全部譲渡されたことに格別異議を申出ることもしなかつたばかりか、むしろ、控訴人及び中島木材に対し、本件根抵当権の全部譲渡に同意する意向を洩らしていたこと、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠は存在しない。
しかして、右事実関係に徴すれば、本件根抵当権の譲渡は、帰するところ、譲渡人たる中島木材、譲受人たる控訴人及び設定者たる丸信木材の三者間の合意によつてなされたものとするのが相当である(なお、控訴人は、本件根抵当権の右一部譲渡は現実に行われたのであつて、該一部譲渡にひきつづいて、右九月一〇日にその余の部分の譲渡が行われた結果、結局、本件根抵当権全部が譲渡されるに至つたものであるかのごとくに主張するが、前者の一部譲渡が現実に行われたことを首肯せしめるに足る的確な証拠は存在しない。)。
二(一) ところで、被控訴人は、根抵当権を設定して取引が継続されている場合、債務者が支払停止その他倒産状態に陥つたときは、当事者の意思表示をまたず当然に基本的取引関係が終了し、根抵当権はその際の被担保債権額をもつて確定して、通常の抵当権になるものと解すべきことを前提として、本件根抵当権の基本的取引関係は、丸信木材が倒産した昭和四三年三月一七日に終了した旨主張している。しかしながら、債務者が支払停止その他の倒産状態に陥つたからといつて、当事者の告知による解約をまつまでもなく、直ちに基本的取引関係が終了するに至るとまで解することはできないから、被控訴人の右主張は、その前提を欠き、採るを得ない(尤も、<証拠略>をあわせると、丸信木材については、本件根抵当権の譲渡が行われた昭和四三年九月一〇日の前後頃に、被控訴人より、本件根抵当権と対象不動産を同じくする後順位根抵当権に基づいて任意競売の申立がなされたことが認められるけれども、右各証拠によつても、本件根抵当権の譲渡が右競売申立に遅れてなされたことまでは確かめがたいのみならず、元来、かように根抵当権の対象物件について第三者の申立により任意競売または強制競売が開始された場合においても、根抵当権者と他の担保権者もしくは一般債権者との利害調整の観点よりして実質的な問題の存することは否めないが、少くとも、昭和四六年六月三日法律九九号による民法改正前の解釈問題としてみるかぎり、第三者の申立てた任意競売または強制競売の開始によつて当然確定の効果が生ずるとまでいうことはできなく、ひつきよう、競売対象物件の権利が競落人に移転する時期もしくは配当の時期まで確定を生じないものと解するのほかはない。)
(二) 次に、被控訴人は、本件手形債権はいわゆる廻わり手形によるものであるから、本件根抵当権によつて担保さるべき範囲に含まれない旨主張している。
そこで、審案するに、およそ根抵当権の譲渡が行われる場合にあつては、該譲渡に際して特段の合意をしないかぎり、その被担保債権の決定基準はそのままで譲渡されるものと認めるのが相当であるから、譲受人としては、譲受けたのちにその基準に適合した債権を取得して根抵当権を利用し得るのみならず、もし基準に適合した債権をすでに有しているときは、それもまた被担保債権となし得るものと解すべきところ本件全立証を総覧しても、本件根抵当権の譲渡に際して右特段の合意がなされたことを窺わせるごとき証拠は見当らない。
しかるところ、<証拠>に徴すれば、本件根抵当権の被担保債権決定の基準については、根抵当権者たる中島木材と設定者たる丸信木材との間に取交わされた、本件根抵当権設定の契約書(右乙第六号証の二)第一条において、「私と貴殿との間において締結したる左記契約に基づいて貴殿に対し現在負担し及び将来負担することあるべき債務を担保するため株式会社丸信木材はその所有にかかる末尾記載の物件に対し左記約定を以つて債権元本極度額金八〇〇万円也順位第四番の根抵当権を設定す。一、昭和四三年二月五日手形取引及び木材取引約定書」なる記載のなされていることが明らかである。
ところが、他面、<証拠>をあわせると、本件根抵当権の設定当事者たる中島木材及び丸信木材は、いずれも国内産材木及び輸入材木類を取扱う販売業者であつて、通常の取引の態様からすれば、中島木材より丸信木材に対し右材木類を売渡す関係にあつたが、その各業態よりして、かかる直接の取引関係のみならず、中島木材が他に売渡した材木類が丸信木材に転売されるなどの、いわば商品流通過程における間接的な取引関係の生じ得ることも想定されなくはない事情にあつたことが窺われ、この認定に反する証拠は存在しない。
そして、右事実関係を基礎として考察するに、前記根抵当権設定契約書においては、基本契約として、「木材取引」のほかことさら「手形取引」なる文言も記載されているのであるから、中島木材と丸信木材との間でなされる直接の取引関係を原因として振出(または裏書)された手形のみならず、少くとも、右に認定したごとき、他の売渡した材木類が結局丸信木材に転売されたことに起因して取得される手形、換言すれば、丸信木材振出(または裏書)の手形で、転売した第三者を経由して取得される手形であつても、その手形上の権利は、右根抵当権設定契約による担保の対象として合意されているものと認めるのが相当である。
しかるに、本件手形債権は、すでに認定したごとく(原判決六枚目裏七行目から一一行目まで。)、控訴人において松村に売渡した材木類が丸信木材に転売されたことに伴ない、それぞれの代金支払の方法として、丸信木材から松村を経由して控訴人の手中に帰したものであるから、これが本件根抵当権設定契約によつて示された被担保債権の決定基準に合致することは明らかである。
(三) さらに、被控訴人は、控訴人において本件手形債権を取得したのは、丸信木材が支払停止の状態に陥つて倒産したあとであるから、該手形債権が本件根抵当権の被担保債権の範囲に含まれることはない旨主張するけれども、控訴人において本件手形債権を取得したのは、丸信木材の倒産以前の時期であることは、すでに認定したとおりであるから、被控訴人の右主張は、その前提を欠き、失当である。
また、被控訴人は、債務者の資産状態が悪化して支払停止その他倒産状態に陥つたのちにおいて根抵当権の譲渡が行われた場合には、信義則上、譲受人が該根抵当権の譲受以前に有していた債権を担保することはない旨主張している。しかしながら、根抵当権が譲渡された場合においては、譲受人が根抵当権譲受の以前よりすでに有している債権であつても、それが被担保債権の決定基準に適合しているかぎり、当然担保されるものであることは、さきに説示したとおりであつて、元来、後順位の担保権者または一般債権者は、先順位の根抵当権者の有する債権極度額の範囲内では、先順位の根抵当権者が優先して弁済を受け得ることを容認せざるを得ない立場におかれていることにかんがみれば、根抵当権の譲渡が債務者において倒産状態に陥つたのちになされたものであるからといつて、直ちに、譲受人が譲受以前に有していた債権を被担保債権の範囲に含めて取扱うことが信義則上許されないものとまで断ずることはできなく、これを要するに、昭和四六年法律九九号による民法改正前の根抵当制度(旧根抵当制度)のもとにおいて、債務者が支払停止その他倒産状態に陥つたのちに譲渡された根抵当権によつては、譲受人が譲受前に有していた債権は担保されないものとまで解すべき根拠は、存在しないものといわざるを得ない。
三そうすると、控訴人は、本件競売手続における競落代金につき、中島木材から譲受けた債権額(元本)金四四二万〇、九二四円についてのみならず、本件根抵当権譲受以前よりすでに有していた本件手形債権(元本)金四七一万二、八七二円についてもまた、後順位根抵当権者たる被控訴人に優先して弁済を受け得る権利があるものというべきであるから、競売裁判所がこれと同じ前提に立つて作成した原判決添付第一目録記載の配当表は主当であり、これが更正を求める被控訴人の本訴請求は、失当というほかはない。
四してみれば、叙上判断したところ結論を異にする原判決は、これが取消を免れず、本件控訴は、その理由あるものというべきである。
よつて、原判決を取消して、被控訴人の本訴請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤秀 松村利智 篠原曜彦)